6月23日
2009-06-23


 負けた…当然のように負けた。別に勝ち負けを争うような話じゃないし、相手を考えれば「負けて当然」ではあるんだけど、負けは負け。負けたことそのものは悔しくないけど、己の修行不足はちと悔しいかな。やはり私はまだまだだ…
 何の話かと言えば、先日添削をした「ウォーゲームの歴史」を語る文章のことである。これ自体の出来についてはさておき、先日似たようなテーマで「偉い人」が語っているってニュースを見て、その抜粋と比較したところ、「これは私の負け」だと悟らされちゃいました。
 もっとも、負けるのは当然である。だって「偉い人」って、鈴木銀一郎大佐だもの。シミュレーションゲーム業界…というより、日本のアナログゲーム業界の最高権威が相手じゃなあ。抜粋の内容などはこちらを参照して下さい。
 この色の話題について行ける方には、何で大佐が尊敬されているのかは説明不要でしょ。そうじゃない方向けの説明を簡単にすると、大佐は日本のウォーゲーム業界の基礎を作った1人であり、今もってプレイされている「傑作」ゲームのデザイナーであり、その姿勢・思想は今もなおこの業界に大きな影響を与えている…って方だ。この業界における「生き神」だね。
 私も当然大佐の影響は受けている。正直、「人間として」勝てるとは思えないほど大きな存在だ。そんな私が大佐と「似たようなテーマ」で物事語って、勝てるモノを語れるワケがない。真剣にそう思う。しかし、しかしである。戦う前に「勝てるワケないじゃないですか」と認めるのと、実際戦った後に負けを認めるのは少し違う。大佐に対する畏敬の念にはまるで変化はないけど、自分の至らなさを思い知らされるワケだからねえ。
 本当のところを言えば、私が簡単に負けを認めてしまうと、元となる文章を作ったこかど殿に対して申し訳が立たない。間接的には元の文章を非難していることになりかねないのだから。それはわかっているんだけど、でもでも、「文章のデベロップ」を担当した身として、「負けた…」という呻き声を出さざるを得ない。立場上簡単に負けを認めるわけにはいかないんだけど、それでも負けは負けだ。私が添削したモノは「最終的な発表版」とイコールとは限らない(そもそも文責が私にない)以上、実際発表されたモノが勝ったか負けたかはわからない。でも、私の手を離れた時点で比較すれば、立派に私の負けだ。
 私があの文章を添削した経緯、及び大佐が似たようなコトを語った状況を考えれば、本来勝ち負けは関係ない。要は大佐も私も「ゲーム界のため」に役立てばと思い、より経験の浅い人間に対して必要なことを語っているのであって、多少拙くても「語る言葉」は多い方が良いのだから。それでも、一応本気で「少しでも良い物を!」と気合い入れて作業した以上、及ばぬモノを作ってしまった自責の念と無関係ではいられませんねえ。
 一応の自己弁護をさせてもらうと、私の添削した文章が、大佐の言葉に「大きく負けている」とは思わない。元となる文章を作ったこかど殿も私も「この業界は長い」人間であり、最低限必要な大筋はある程度理解できているはずなので。でも、やはり細かく負けている。そして、その「細かい部分」こそが大事なのだ。細部の修正は私が担当した以上、個人的には「私の負け。こかど殿は悪くない」って気持ちが…

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[赤(ボードゲームの話題)]

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